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東京高等裁判所 昭和29年(行ナ)58号 判決

原告 寺田宗太郎

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、昭和二十九年抗告審判第四二一号事件について、特許庁が昭和二十九年十一月十八日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とするとの判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のように述べた。

一、原告は昭和二十七年三月三十一日その考案にかかる「衿附け芯」について、実用新案登録を出願したところ(昭和二十七年実用新案登録願第八〇二六号事件)、昭和二十九年二月三日拒絶査定を受けたので、同年三月十六日右査定に対し抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第四二一号事件)、特許庁は同年十一月十八日原告の抗告審判請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年十二月二日原告に送達された。

二、審決は昭和十二年実用新案出願公告第一八二二三号公報を引用し、原告の実用新案をこれと比較すると、原告の考案は右引用例に記載したものと類似しているので、実用新案法第三条第二号の規定により同法第一条の登録要件を具備しないものと認める。なお引用例のものも、両内芯の対向辺の間で襟芯を折り曲げるものであるから、当然両内芯の対抗辺間には間隙があるものと認められるし、またその間隙も引用刊行物中の図面第二図に明示してあるといつている。

三、しかしながら、右審決は、次に述べるように前記引用例及び原告の実用新案に対する判断を誤り、不当に実用新案法第三条第二号の規定を適用した違法があつて、取り消されるべきものである。

(一)  引用例は、「襟布に彎曲した案内糸を縫着して上下に袋部を形成し、その各袋部内に芯体を装入せる襟芯において、案内糸に略平行するよう止縫糸を縫着し、前記芯体の上側縁は縁布の止縫糸により縫着した構造」を記載したものであるが、審決はこの間の事情について、「引用例のものも、両内芯の対向辺の間で襟芯を折り曲げるものなので、当然両内芯の対抗辺間には間隙があるものと認められる」旨説示しているが、「当然両内芯の対抗辺間に間隙があるもの」とすることは独断の譏を免れない。蓋し若し当然にそうであるとするならば、この種襟芯にはかかる間隙を形成することを常法とするものであることを、適確な事実ないしは証拠を挙示して説示するならばともかく、直ちに間隙の存在を断定したことは、結局違法に両内芯間の間隙の存在を確定したことに帰着し、原告の到底承服し難いところである。

(二)  審決は続いて、「その間隙も引用刊行物中の図面第二図に明示してある。」旨説示しているが、図面は本文説明と対照して始めてその意義を諒解することが可能である。引用例の本文中には何ら原告の新案の間隙部による折目に相当する部分について記載するところがないばかりでなく、引用例本文における「襟布に彎曲せる案内糸を縫着して上下に袋部を形成し該各袋部内に芯体を装入せる」旨の記載と図面とを対照するならば、何人も先ず第一義的には案内糸を縫着して上下に袋部を形成するものであることを認識すべく、従て右第二図は、この構成状態を明示するために、便宜上芯体の間に間隔を設けて図示したものとみるのが合理的である。のみならず図面第三図には、このような間隔の形成が明示されていないのはもちろん、たとえ間隔があるとしても、案内糸の縫着介在により、該間隔は閉塞されているから、直ちにこれを以て、原告の新案における間隙と同視することは無理であつて、審決が前述のように判断したことは、引用例の判断を誤つたものに外ならない。

(三)  また審決は、両者を対比して、「共に中央に紐付背当てを取り付けた横長方形の袋状布内に、上下にそれぞれ内芯を挿入し、その対向辺を中央より左右の両端に向つて上向きの弓形に縫着し、以て襟芯をその上下の内芯の対向辺の間において折り曲げるようにした点で一致している。従つて全体として本願の実用新案は、引用例と類似している。」と説示したが、原告の実用新案の必須要素は、間隙による折目にあり、これによつて折り曲げた際体裁良好な撥状の衿型並びに退き衿を現出せしめ、かつ折目を嵩張らしめることなく、長襦袢の衿部をその折目の内側に挿入被覆せしめて優美な衿着けを実現せしめることを以て効果の要領とするものであつて、単に内芯を対応して配置する点を構成の要旨とするものではない。この必須要素は、引用例には欠如しているとみるのが相当であることは、先に述べたとうりである。してみれば、審決がたやすく両者は一致していると判示したことは、結局原告の実用新案の必須要素を看過したもので審理不尽の違法があるといわなければならない。

(四)  なお被告代理人は、新たに昭和八年実用新案出願公告第一七八二三号公報を提出して、原告の本件出願以前にこの種襟芯に間隙を形成することは普通に知られた事柄であると主張しているが、右公報は、説明書全体を通じ、外面板、内面板というように、ことさらに「板」の文字を使用し、その例示として厚紙を挙げ、その作用効果を表示するに、「襦袢ノ衿ヲ内外両面ヨリ挾持」並びに「衿首部ノ整容ヲ保持シ」の文辞を以てしている点よりして、該板は挾持板を意味し、かつその性質として、これが作用を奏せしめる程度の厚紙であることを必要としている。してみれば、右公報所載の板は、要するに挾持板を意味し、芯又は内芯を意味しない。けだし凡そ「芯」とは、厚さ及び重量を付与するを目的とするものであることは明白であるからである。これに対し本件実用新案においていわゆる内芯は衿附け芯全体に対し厚さを付与するの作用を奏せしめるために使用せられたもので、決して挾持用に使用されたものではない。従つてこの証拠を以つて、両内芯の対向辺間の間隙の存在が公知である旨確定することは、合理的に考えて、たやすく到達し得る所以ではない。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因としての原告の主張に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、これを認める。

二、同三の主張は、これを争う。

(一)  引用刊行物である昭和十二年実用新案出願公告第一八二二三号公報第一頁第四行に「(4)は袋状襟布の中央部より左右端部に向て、かつ縁布にいたるよう弧状に彎曲して縫着せる折曲案内糸」とあり、又同頁第九、十行に「該案内糸の部分において折曲する襟布の折曲部を云々」とあり、かつ、同頁第十二行の「彎曲せる折曲部を直線状に戻すことなからしめ」という記載より見て、引用例の襟布は、両内芯の対向辺間の折曲案内糸(4)の部分において折曲するものであり、その折曲部が直線状でなく、本件の新案の折目のように、彎曲状を呈することは明白である。してみれば、引用例の両内芯の対向辺の間にある間隙が存在しなければ折り曲げられないので、折り曲げるからには、ある間隙が存在すると判断される。

またこれと引用例の図面第二図とを比較対照するとき、内芯間には明にその間隙が図示されているので、引用例の両内芯の対抗辺間に間隙があるとした原審決は独断の譏を受けることはない。なお、原告が欠如すると主張する「この種襟芯にはかかる間隙を形成することを常法とするものであることの適確な証拠」として、被告は前記引用例を以て十分であると信ずるが、図面のみならず本文中にもこの間隙が記載してある一例として、昭和八年実用新案出願公告第一七八二三号公報を提示する。これによつても、本件出願以前にこの種襟芯には、このような間隙を形成することは普通に知られた事柄であつた。

(二)  前述のように、引用例のものも、内芯の間で襟芯を折り曲げるもので、その間に、第二図に示すような間隙があるものと認めることができる。また第三図は、第二図の縦断側面図であつて、その表示がやゝ不明確であるが、やはり両内芯間に間隙の存在していることは認められるし、又右引用にかゝる実用新案出願公告の基本である昭和十一年実用新案登録願第二六七六五号の原図面第三図には明瞭にこの間隙が認められる。

(三)  引用例のものも、両内芯の対向辺を上向きの弓形とし、その対向辺間を折曲案内糸の部分で折り曲げて、彎曲状の折曲部を設け、かつ、その対向辺間に間隙を設けたものであることは、前述のとおりであるから、原告出願の実用新案は引用例と構造において、また作用効果において一致するものとするのが相当である。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、その成立に争のない甲第一号証(本件実用新案登録願、説明書及び図面)によれば、原告の出願にかゝる実用新案における考案の要旨は、「上縁に折返線を有する横長方形の二重の芯布の間に、中央を下方に彎曲した弓形の上方内芯と、折目を形成するための適当の間隙部を置いて、この上方内芯に対応する下方内芯とを配置し、二重の芯布の一方に縫着し、更に袋状に芯布の周縁を縫着し、かつ、その中央下縁には紐を有する背当を具備せしめた衿附け芯の構造」にあることが認められ、同号証中、「実用新案の性質、作用及び効果の要領」の項目の後段に、「本案は叙上の構造よりなるを以て、弓形状内芯と彎入状内芯との間に設けた間隙のため折目は、彎曲状を呈すると共に、嵩低く従つてその折目により芯の折曲げを容易ならしめたのみならず、折り曲げた際、体裁良好なる撥状の衿型並びに適度の退き衿を現出形成し、かつその折曲げた内側に長襦袢の衿部を容易に挿入せしめ得ると共に、折曲部を毫も嵩張らしめず、以て体裁優美なる衿姿を現出せしめ得る効果を有するものである。」と記載されているのに徴すれば、その作用及び効果上の特長は、(一)内芯の特殊形状によつて彎曲状の折目を形成すること及び、(二)両内芯間に適当の間隙を設けて折目で折り曲げ易くすることの二点にあるものと解せられる。

三、次にその成立に争のない乙第一号証によれば、審決に引用された昭和十二年実用新案出願公告第一八二一三号公報に記載された衿芯は、折返線を下縁となし、上縁に縁布を縫着した袋状の横長方形の衿芯布に、中央を下方に彎曲させた案内糸を縫着して、この案内糸の上下に袋部を形成し、各袋部内には、この案内糸に並行した止縫糸で芯布に縫着した芯体を装入し、案内糸に沿つて彎形状の折曲部を設け、かつ下縁中央には紐を有する背当用垂片を具備せしめたものであることが認められる。そして右乙第一号証中「実用新案の性質、作用及び効果の要領」の項に、「本案に於て案内糸により形成された弦形上側袋部及び下側袋部内に装入された芯体は、襟芯の使用中或はその洗濯等により容易にその硬直性を失い、或は襞皺等のために容易に狃れて縁布の方向に偏り、又は案内糸の側に移動して、該案内糸の部分において折曲する襟布の折曲部を厚くして、使用上襟の形を不体裁なしめる欠点を、一側彎曲形の縁は止縫糸により防止し、云々」と記載し、芯体の案内糸の方に移動する欠点を、止縁糸で防止することを、その特長の一として挙げている事実と、前記図面第二、三図及びその成立に争のない乙第三号証(右出願公告記載の図面の基本である昭和十一年実用新案登録第二六七六五号の原図面)の記載とを総合して観察すれば、右芯体の間には少くとも、折曲に必要な程度の間隙が設けられているものと認めるのを相当とする。なおその成立に争のない乙第二号証によれば、これより先昭和八年中に刊行された昭和八年実用新案出願公告第一七八二三号公報に、特殊構造の衿芯について、折曲部に一定の間隙を設け、折曲げ易くした事例が記載されていることが認められ、この事実に徴しても、この種襟芯には、このような間隙を形成することが、原告の実用新案出願当時一般に知られていたものであることが明かである。原告は、右乙第二号証は、挾持板であつて芯ではないから、本件については、被告の主張を支持する証拠とはならない旨を主張するが、右刊行物に記載された実用新案品は、「厚紙又はその他の適当の材料にて普通の襦袢衿の幅長さある細長い外面板、内面板を、並行状に約一糎位の間隔を離して、これを一体とならしめるように表面から覆被し、両端共其の裏面に折返し裏面全体も各包被せしめ、外面板、内面板の対向線部において各縫着して構成されたもの」であつて、その折り返しとなる部分を、それぞれ外面板及び内面板といつているが、その作用効果については、本件実用新案における上下両内芯と何等異るところがないものと解せられるから、右原告の主張は採ることができない。

四、以上認定に基き、原告の出願にかゝる実用新案と引用にかゝる刊行物記載のものとを比較すると、両者は、上縁又は下縁に折返線を有する二重の芯布の間に、中央を下方に彎曲させた弓形の上方内芯と、これとの間に折曲用間隙を設けて対応させた下方内芯とを配置し、それを芯布に縫着し、かつ全体を袋状に縫着し、下縁中央に紐を有する背当片を具備させた衿芯である点において互に一致し、前者が芯布の折返線を上縁に有し、かつ内芯を芯布の一方に縫着したものであるのに対し、後者は下縁に折返線を有し、かつ、内芯を折曲線に沿つて縫着した案内糸で作つた上下の袋部内に配置して、芯布の両面に縫着したものである点で差異がないではないが、これ等の点は、本件実用新案の主要部分をなさず、かつ、その効果及び作用に影響を及ぼすものとは解されないから、右差異は構造上の微差といわなければならない。

五、以上の理由により、審決が原告の実用新案は、実用新案法第三条第二号の規定により、同法第一条の登録要件を具備しないものと解したのは相当であつて、これが取消を求める原告の本訴請求はその理由がなく棄却を免れないから、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 原増司 原宸 高井常太郎)

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